「私以外私じゃない」のに誰になろうとしていたのか

今の私は「本当になりたかった自分なのだろうか」ということを考えモンモンとしているmaruboroです。

昨日『本当に「私以外私じゃないの」か?東大の哲学教授・梶谷真司先生に聞いてみた』という記事を読みました。

インタビュアーの「さえり」さん美人ですね!

記事を読みすすめていくと…

こんなのわたしじゃない気がする!っていつまでも受け入れられないときは、わたし自身もわたしじゃない。

でも、いまの自分を受け入れたら『わたし』が『わたし』になる!つまり『わたし』以外は『わたし』じゃなくなる。これだ!

ってことが書かれていました。

解釈があっているかはわからないけど、この記事を読んだあとに次のようなことを考えました。

今の自分に疑問をもつのは「私以外私じゃない」のに「誰かになろうとしている」からではないだろうか。

私は誰になろうとしている?

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いい人になろうとしている

私は「(都合の)いい人」になろうとしていた…。

誰にとっての?それは周りにとっての、他人にとっての「(都合の)いい人」だ。

なぜ「(都合の)いい人」になろうとしていたのか?

考えるに「嫌われたくないから」「批判されたくないから」だ。

やっぱ「批判される」のってきついですよね。周りにとっての都合のいい人になっていれば「とりあえず笑顔でいられる」。

表面上だけでも仲良くなっていれば「面倒くさい」ことも起こりにくい。

だけど周りの評価を気にして他人にとって「(都合の)いい人」になろうとしていたがために「自分との関係」が悪くなり「私」を受け入れられなくなっていたのだ。

サイレントマジョリティーになろうとしている

サイレントマジョリティーとは「物言わぬ多数派」という意味。

欅坂46の歌「サイレントマジョリティー」で以下のような歌詞がありますよね。

誰かのあとついていけば傷つかないけど…

「傷つきたくない」から自分の意見を押し殺してサイレントマジョリティーと化す。

意見を言わなければ「批判される材料がない」から傷つかずにすむ。多数派でいれば「その意見が正しい」かのような錯覚を得られる。

それが楽なのだが「いつまでたっても認知されない」「評価されない」。

意見を言わないから「賞賛されようもない」。

そんな状態で「なりたかった自分になどなれるはずがない」のだ!

私は私になる

私が私になれる方法は「受け入れられる自分になる」ことだ。

受け入れられない原因は上記した2つだ。だから「いい人でいること」も「サイレントマジョリティーでいること」もやめる。

つまり「嫌われる勇気」をもつ、「マイノリティー(少数派)」になるのを恐れない。

私は私になるのだ!

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